第27緑化地区

フリーイラストレーター七片藍のブログ/第27緑化地区

九十九神の庵

妹に頼まれていたので、引っ越す前の実家周辺を撮影しに行きました。
この広い区画も、いずれは更地になり分譲地などに様変わりするため、
ある程度の建物や設置物が残っている内に。

その空間に立てば思い出せることも、場所がなくなると記憶が薄れます。
こうして撮影しなかったことで「どうだったっけ?」と思う場所は多く、
年を経るにあたって残しておきたいと強く願うことも増えました。
 
古いものが新しくなって行くのは仕方がないこともあるので、
名残惜しいならば記録しておくしかない。
誰も住んでいない家屋、誰も歩いていない道、誰も集まらない広場。
人に忘れられている空間には、方々に想い出が染み付いていました。

真夏の炎天下に芝刈りをした庭や、通学班の集合場所。
幼稚園の通園バスが停まる場所、野良猫のねぐら、毛虫の多い木。
私は二十歳の時に家を出ましたが、両親や弟妹にとってはもっと長い。
思い出として記憶するには膨大すぎる情報。

昔、小学校や中学校などで「昭和○年の△△市」みたいな航空写真を見ました。
自分が暮らす土地に、あの道路がない、あの建物がない、あれを見たことがない。
お年寄りにとっての「懐かしい写真」が、子供だった私には異世界に映ったものです。

そんな自分が年を経ると、今度は同じような立場になります。
私の記憶にあるものが、今の子供にとっては「昔」であること。
私にとって過去に実在した風景が、今の子供にとっては異世界であること。

そうして異世界となってしまう一画は、手付かずの庭に乾いた風が吹き、
生活を思わせる湿気のようなものが失われて、無情なまでに無味乾燥でした。
引越しから1年半が経ち、この一画から住民が少しずつ離れていったことで、
ゆっくりと「人間の時間」から忘れ去られて行き、命も絶え絶えに見えます。

時々、こうして「人に忘れられた空間」には何が宿るのかを考えます。
街では人や車がけたたましく、そこに渦巻く力は目まぐるしいものですが、
その力の一部には、行き場を失って流れ着く場所があるのではないか。
それこそ、こんな誰も寄り付かない殺風景な土地ではないか。

日本は様々なものに神が宿る八百万(やおよろず)の国で、
長く使った道具などには「九十九神(つくもがみ)」が宿るそうですが、
もし九十九神がいるなら、それはかつて渦だった力が寄り集まったものではないかと、
カサカサに乾いて吹き飛んだ雑草を見て、ふと思いました。

ここに新しい命が吹き込まれるのはいつ頃なのか。
じっとこちらを見ていた野良猫は、事もなげに去って行きました。
  1. 2011/01/07(金) 18:16:01|
  2. 日常
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<当たる毛がしない | ホーム | これも仕事>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://7hira.blog20.fc2.com/tb.php/254-7f6c958e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

七片 藍

Author:七片 藍
フリーイラストレーター

当ブログについて
:本家[ether]
:mixi[499935]

カレンダー

03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カテゴリ

絵:執筆情報 (63)
ソーシャルゲーム系 (28)
TCG系 (14)
書籍系 (17)
絵:個人作品 (14)
トップ等 (10)
聖域 (1)
悪魔 (1)
神威 (1)
ほか (1)
日常 (3461)
創作 (85)
DIY (101)
菜園 (598)
疑問 (3)
ゲーム (27)
スポーツ (2)
探しもの (6)
生物 (49)
未分類 (2)
修理 (8)

検索フォーム

最新コメント

月別アーカイブ

QRコード

QR