ミツケタ

私の親くらいの世代では、音楽を聴く手段は古く馴染みのある機器が好みで、
MP3プレーヤーよりはウォークマン、ウォークマンよりはラジカセ、
いやいやレコード盤が───と、さかのぼって行きます。

ラジカセあたりからが私の世代で、それはもう掃いて捨てるほど様々に登場し、
リサイクル店にでも行けば中古品として夥しい数を見れたものですが……。

こと現代では、とんと見かけません。
リサイクル店ですら少なく、ようやく家電店で「あるにはある」の程度。
いざ使いたいと思ったところで選択肢が極端に少ないという現状です。

そんな本日、たまたま寄ったリサイクル店で中古品を見つけました。
CDラジカセ(外部入力付き)、程度良し、国産品、1080円の掘り出し物。
古いカセットテープを聴きたがっていた母にプレゼントしました。

……このCDプレーヤー機能の寿命はどれくらいだろうか。
使わないと、いつの間にかダメになっていたりしますよね。

頑張ろう

仕事が忙しく二日連続で畑へ行けておりませんが、
昨日のスイカに続き、ほぼ同程度のものを母が収穫していました。
これにはスイカ好きでも「どうしよう」と喜ぶやら困惑するやらです。

そうかと思えば、野菜をお裾分けした方からお返しをいただいたりします。
今回はシソのお返しでしたが、シソは放っておいても生えてくるので、
こうなると、とっくに私たちの労働力は元が取れています。

畑で調達するのが当たり前になっていると忘れがちですが、
スーパーで野菜を買い続ける以上はお金を消費するわけで、
その野菜が値上がりすると普通の家庭では結構な打撃です。

家計の足しにとプランターで育てる人も居るくらいですから、
どんと畑で多めに調達できる環境は、ずいぶんと贅沢。

秋からは畑に居る時間が長くなりそう。

夏の雪辱戦

スイカを収穫する際の目安は幾つかあるようで、叩いた時の音だとか、
結実した近くのツルが変色し枯れたら等、見極めが難しいです。

昨年は失敗しています。
久々の立派な大玉スイカは叩いても「ぼんぼん」と鈍い音を立て、
包丁を入れるとコップを引っくり返したように水を吐き出すのです。

常温で放置した生クリームのごとく果肉と水分が分離した結果でしょうが、
このように見極めが難しい作物であるため、毎年ちょっとばかり緊張します。

そして今年の一つ。
20150729.jpg
(右はライター)

大きさよし、音よし、ツルよし。
この前に幾つか収穫しているものの、やや皮が厚かったり熟れていなかったり、
今回の画像に比べて小さかったり……と、納得の行かないものが続いていました。

収穫後に二日ほど経過(追熟)させると甘味が増すそうですので、
明日の夜か明後日の午前中にでも出来を確認したいです。

スイカ好きの母が目を輝かせています。

「あんた達が食べるからでしょ!」

昨日は少しだけ畑へ行き、サツマイモの蔓(ツル)を処理していました。
サツマイモは肥料が要らず、与えると地上のツルが伸びてしまい、
地下にある肝心のお芋そのものは大きくならないという興味深い作物です。

と云うのは、地上のツルからも根が伸びて新たな芋を作ろうとするので、
最初の芋に集中させるべき養分が分散されてしまうわけですね。
そんなわけで、伸びたツルは掛け布団をめくるように引っくり返します。

これをツル返しと呼ぶそうです。
そしてツルばかりが伸びて芋が育たない状態はツルぼけ(蔓惚け)。

「ツルぼけって、色惚けみたいじゃんね」
「あっはっは」

色事に現(うつつ)を抜かすのが色惚けならば、
ツルを伸ばすことに現を抜かすのが「ツルぼけ」と云うことでしょうか。

サツマイモにとっては余計なお世話でしょうが。

砂の中のゴマ粒

仕事で絵を描いている時、発注内容の消化だけに傾倒していないか、
手癖だけで描こうとしていないか立ち止まって考えることがあります。

一枚分の発注にあたっての作画指定は、ぼんやりした二行くらいの文章です。
そこに想像の余地があることで思った以上のものになる可能性を持たせ、
この仕事が「指示に従うだけではない」という形で姿を現します。

これを縮めると創意工夫という四字熟語に行き着くわけですが、
殆どの場合において手癖の一歩先にあるものは掴みづらく、
まるで石鹸まみれのビー玉を摘み上げるような感じです。

そして手癖で描かれたものというのは、描いた本人が最も早く飽きます。
徐々に鋭さを失っていくので「またやってる」と思うわけです。
昨夜から今朝にかけて、ずっとそんなことを感じながら過ごしていました。

きっかけを掴むまで時間がかかるものなのか、
あるいは単純な何かを見落としているだけなのか。

あぁ、なんだかムズムズする。

お墓参り

冬の寒さで血圧が上がりがちなので、坊主はやめて髪を伸ばしていましたが、
夏の暑さは眼鏡に滴る汗が煩わしいので、また切ることにしました。
これで帽子の中にタオルを挟んでもきつくありません。

今日は知り合いのお墓参りで二ヶ所を回りました。
墓地が近くにあるため、二人分のお花を用意するのです。

私は未だに独身で、配偶者はもちろんのこと子供も居ませんが、
自分よりも若い人に先立たれるのは、やりきれないものがあります。
つい「なぜ年上の自分が先ではないのか」と思ってしまう。

連日の暑さで、どこのお墓も供えられたお花が早々に干からびています。
その姿に渇きを見るので、墓石にかける水が唯一の救いに感じるのでした。

母と相談し、畑で仏花を育てることも考えています。

暑さだけで精一杯

久しぶりに友人と過ごし、車で市外に足を運びました。
ぬるい風に溶ける見知らぬ土地は、なぜだか暑気を和らげます。
気分的な暑さの何割かは「知っている景色」によるものかもしれません。

今日は友人が会社での扱いについて語り、それを聞いて嘆息の出る思いでした。
指示のもと長い講習期間を経て資格をとり一筋に担当できるようになると、
今度は配属を変えられ、これまでとは異なる現場に立っているとか。

よくある「幅広く担当できる人員を」という会社の考え方です。
聞こえは良いですが、彼と入れ替わりで担当した後輩は実務経験が浅く、
結果的に2ヶ所で半人前を用立てるという、一兎も得ない状況だとか。

そこに持ってきて成果の出ない彼から役職を奪って平に降格では、
この道16年の技術者から専門分野を取り上げて、一体何をしたいのか。

この6年前、ベテランの技術者が彼に告げたそうです。

「この会社はダメだ、代わりの居ない一人前を他に現場にやっちまう。
 そうやっていつも半人前は混乱して、一人前は専門外で技術を腐らせる」

そうして6年後、言葉どおりに腐り果てるのを恐れている友人が居ます。

彼が休日を返上して県外へ講習を受けに入った経緯を知っているだけに、
不当な扱いにうなだれる現状は我が身のごとく腹立たしいです。

こんな話を聞くことが、ここ数年ばかり増えています。

補助エンジン

久しぶりに母の散歩に付き合いました。
実家から畑を経由し炎天下2.5kmの道を川沿いに。
ちょっとした日陰が、びっくりするくらい涼しいことを再認識します。

血液が心臓から足へと流れ下り、再び心臓へと戻る際の後押しとなるのは、
ふくらはぎの筋肉を引き絞ることで得られる補助的な圧力なのだとか。
第二の心臓などとも呼ばれるそうです。

私の母の場合、午前中に散歩したかどうかは夜になると違いが分かります。
遅い夕食を作る段になっても、声に張りがあり活動的な時は「歩いた日」。
夕食を作った後に食事をとるのも億劫であると「歩いていない日」。

亡き父が運動不足で靴さえ履けないほど足がむくんだ時、
散歩を促して三日ほどで足が元通りになったりしました。

「歩くと違うわね、まだまだ動けるわ」

いつもなら疲れてうなだれる時間帯に、母はシャッキリしておりました。
暑くて畑の作業に向かない日は、できるだけ散歩に連れ出そうと思います。

20150724.jpg
日陰で一枚。
ハグロトンボの雌かな?

再挑戦

昼は弟の用事、夕方は妹の用事で出掛けておりました。
曇り空の下で弟がくれたガリガリ君(ソーダ味)は、みるみる融けていきます。
そして夕方の用事では、車を降りると湿度差で眼鏡が曇る。

弟からは、ほかに一つ預かっているものがありました。
とある観光地の入場チケットで、イベントには花火大会もある様子。

これを渡すのは妹と彼氏君。

「お、花火大会か……あの二人的には『今度こそ』って感じになるな」
「え、何? 俺は知らないけど」
「あいつら去年の花火大会は、現地に到着したのが終了3分前だったんだよ」

悪天候で順延や中止に見舞われ続けた昨年の八月
こずえの向こうに見えた数秒間の閃光が、残念な夏の記憶です。

「車を降りてすぐに終わったんだよね~」
「そういう出来事のほうが強烈に憶えたりするけどな」
「うん、本当そう」

しょぼくれた思い出は一年かけて妹の笑い話になりましたが、
弟が入手したチケットは有効期間が長く余裕もあります。
是非とも楽しんできてもらいたい。

土産はアイスを希望します。

「ではまた5年後に」

今日と明日は雨らしいです。
畑の土が乾いた頃に降る雨なので水遣りせずに済みますが、
トマトに虫除けを撒くつもりが晴れるまで日延べとなりました。

現在の菜園で育てている野菜は、大体30種類くらい。
特殊な環境に依存する野菜(例えばレンコンとか)でもない限り、
スーパーで買える野菜の大半が調達でき、ほとんど買うことがありません。

ただしそれは畑の(ありとあらゆる)養分を吸い上げることにもなるので、
休耕を含めた管理が必要ですし、足りない養分は回復させる必要があります。

同じ養分が消費され続け悪影響が生じる───これが連作障害。

キュウリやジャガイモは2年以上、トマトやピーマンは3年以上、
ナスやスイカに至っては、5年以上も同じ土地で育てないほうが良いとか。

もちろん連作障害を避ける(あるいは軽度で済ませる)方法もあるので、
目安となる作付け年数を考えた上で植えねばなりません。
あまり徹底できていませんが知識として必要です。

ひとまず昨年と今年のレイアウトは記録できています。
これを最低でも5年続ければ周期が計算───できるといいな。

うぬぬ……エンドウも5年以上なのか……。
プロフィール

七片 藍

Author:七片 藍
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