諸行無情

自宅で友人と話している最中、何年か前の写真データを探すことになり、
その中で20代だった頃の私が写ったものを見つけました。

「これ20代くらいだな」
「すげぇ、七片これ別人だよ」

私は顔から太るので人相が変わりやすいらしいです。

「顔の贅肉を落とすなんて難しいよな」
「表情筋がどうのって云うね」
「こうやって顔を真横に傾けると……お肉が下に寄って……」
「あぁ本当だ、こっち側だけ20代の七片だ」

そんな感じで30分くらい盛り上がっていましたが───

「……まぁ、どうでもいいや」
「その一言で台無しだよ!」

───中年なんて、こんなもんです。

雨はもういい

再び雨です。
人(私)の記憶は当てにならないので過去の天気を調べてみると、
愛知県の昨年一月に雨が降った日は今年と比べて大差がない様子。

一昨年は固く乾いた畑の土を見て「雨が降ればなぁ」と空を見上げたり、
わざわざ導水のある用水路まで水を汲みに行ったことすらありました。
この冬はそうした作業がなかったため雨が多いと感じたわけですが……。

まだ一月が終わっていないので「12月を基準として考えよう」と、
気象庁のサイトで名古屋における12月の合計降水量を検索すると、
思ったとおり一昨年は前後の年に比べて少なかったようです。
降水量のデータって100年以上前のものが残っているのですね。

好奇心から、私が生まれた日の天気予報も調べてみました。
母の話では私が生まれた日の早朝は曇っていたそうですが、
出産後に空が晴れていき安堵したと聞いています。

……その通りでした。
そうか、きっと私は晴れ男なんじゃよ。

積もれる塵の削れる塵

裏山の斜面をボーっと眺めていて、不意にパラパラと音がしたのを聞きました。
高さ3メートル程度の土が垂直に露出した断面は、山と平地の境界線です。

よく見ると、一部に霜が立っています。
正午に向けての暖気で氷が融け、剥がれ落ちた土が枯れ葉に打ち付ける音でした。
見ている間にもパラパラと崩れていき、土は枯れ葉の中に消えていきます。

ふと、毎年こうして少しずつ崩れているのなら、
ここ十年ほどで何センチくらい後退したのか考えてしまいます。

この山が文字通り削り取られる音を聞いて「この音か」と思った人は、
私より少し手前の位置を見ていたことになり、それは何年前なのか。
あるいは誰も関心がなく、私を見下ろす木々は呆れてすらいるのか。

こういうものを見るたびに、意味はなくとも日記を書いておきたくなります。

懐も寒い

仕事の一つが無事に完了……してほしい。

今日は風が強く冷え込むので堪らずエアコンを点けました。
地元では積もるほどの雪は滅多に降りませんが、降りそうな気温でも同じなので、
こうなると「寒さ以外の積雪条件が揃わない」のが理由であるような気がします。

何年か前の珍しく雪が積もった夜、裏山に登ったことがありました。
小さな山の頂上には開けた場所があり、そんな天気には誰も訪れません。
足跡一つない新雪の上で、バタンと仰向けに寝てみたことがあります。

ちょうど頬の高さくらいまで雪に埋まり、降って来る雪だけが見える視界。
ボーっと考え事をしている内、さすがに顔が冷たくなって起き上がりましたが、
思っていたより寒くなかったのが記憶に残りました。

雪も降らず風すら吹かないのに、この部屋は寒い。
床下に永久凍土が埋まってるんじゃあるまいな。

着膨れ

寒さのせいなのか一昨日から背中の一部(体の中)に痛みがありました。
より正確には広背筋の真ん中あたりで、深呼吸すると息が止まるほどに痛い。

実家で温湿布を貼ってもらったところウソみたいに消えてしまいましたが、
この日、母から「これ着なさい」と渡されたものがあります。
父が着ていた袢纏(はんてん)です。

ここ数日の私は、できるだけ暖房の類を使わずにおります。
私が仕事で利用する空間は机まわりの限られた場所でしかないし、
肘から先しか使わない作業となると、暖房の熱量は大半が無駄になるからです。

意外と防寒具だけでも乗り切れてしまうので省エネに努めたところ、
座布団がわりのホットマットがあれば、ほぼ厚着だけで問題なし。
ファンヒーターを使うのは数分で十分。

ここに袢纏が加わったことで、かなり保温効果が高まりました。
室温が12℃でも寒くない。

「おぉ……これは凄い、手元も自由だし最高」
「本当? お父さんに云っときなさい」
「親父、これ貰うぞー」

仏壇に一言。
返して欲しければ盆休みに云ってくれ。

辛くて地味な戦い

またしても雨。
もう年間の雨量が冬に傾いたのかと思うくらい、この冬は雨が多いです。
私が住むところは水はけが悪いので、いつまでも寒さが続いて良くありません。

そのせいなのか眠っている間も一時間ごとに目が覚めて熟睡できず、
予定では仕事を進めているはずが、あくびを連発しては手を着けられずにいます。
こうなると眠気が飛ぶまで他のことをするか、あえて眠るかの二つに一つ。

いいや眠ってる場合じゃない。

寒風に向かい立つ緑

仕事に根を詰めていたせいか11時間も眠り続けていました。
昨日の日記に書いたような悪夢は見ず、何度か枕を傾けた程度です。
ここ数日、床に就く時間が不規則だったのが悪かったのでしょう。

昨日は書きそびれましたが、しばらく作業していなかった畑で変化があり、
こんな寒い中でもエジプト豆が芽吹いていました。
意外と芽が大きい。

育てる作物にもよりますが、この時期の畑は変化が少ないです。
他所の畑でも大体は(外側の葉が変色した)収穫待ちの白菜が立つくらいで、
いくつもの作物が育つ季節ではないので、夏に比べると寂しい感じがします。

そんな中、乾いた土の中からポコッと芽を出す作物には輝きがあるのです。
さながら嘆息の出る毎日に吉報を聞くようなものでしょうか。

もうすぐ一月も終わり。
暖かくなる季節に期待するものが増えるのは良いことです。

不幸な夢の幸福

私は年に一度か二度、自分や家族が死ぬ夢を見ます。
大抵は夢の最後で「これは変だ」と気付いて目覚めるわけですが、
気になるのは、目覚める直前まで「現実である」と信じ込ませる強制力です。

脳が体(あるいは脳そのもの)を休ませるための力とも云えそうで、
夢の内容が悪夢であろうとなかろうと一定時間の「あるテーマ」を渡し、
ひとしきり当然の反応に任せておくことで複雑な思考を避けているかのような。

それはつまり長いこと難しい作業に没頭させた後、
休憩時間に単純なことだけを要求するような、緩急であるように思います。

この日に見た夢は母を失うという内容のものでした。
空き地で狙撃でもされたように、うつ伏せで数日は経っていた様子。
現場には警察が来ていて、なぜかその場では私が居て悲嘆に暮れています。

掛け布団をめくるように警官が母を向き直させると、
その形容しがたい表情を見た私の慟哭は更に激しいものとなり───

「うわあぁぁぁぁぁぁ……あ・あれ? なんか変だって思って目が覚めた」
「あっはっは、それは私が元気でいるってことね」

───話して聞かせた母には笑われてしまいました。

こうした夢を見るのは家族への帰属意識が強いからでしょうが、
特徴的だったのは、これが現実であるならば数週間は泣き暮らすようなものを、
感情が長続きしないというか、泣きたい気持ちが数秒で消えてしまうことです。

そこはやはり「あるテーマ」が即席であるせいなのか、
強烈なイメージをもって一瞬で気持ちを掌握する力こそあっても、
そこは映画を観るようなもので、現実と入れ替えるには脇が甘いような。

我が家では「夢の中で死ぬことになった人には良いことが起こる」としています。
つまり今回の場合は母に良いことがある……ということになりますが、
私だけが一方的な不快に捕らわれて面白くない。

女神様が耳掃除してくれるとか、そういう夢が見たいんです。

仕込み時間は豊富

夜になってからコンビニへ行くと店員さんがおらず、
バックヤードにでも居るのだろうと思いカウンターに品物を置くと、
その奥にある引き戸が僅かに開き、こちらを見ている顔がありました。

「はいはい、もう分かったから」
「い、いらっしゃませぇ」

───三十路に爪先を突っ込んでいる、よく話す店員さんです。

「クレームを入れるか……『ある店員さんが毎回ツッコミを要求します』とか」
「寂しいんですよー!」
「『毎回ボケに反応するのも辛いんです』とか」
「え~……三時まで一人なんですよ……」

お客が来ない時間を持て余す店員さんは、なんというか気の毒です。

誤答の結晶化

またまた雨です。
普段から天気予報を観る習慣がない私は耳で気付くことが多く、
タイヤに雨水を巻いて走る車の、シャーッという音でカーテンを開けます。

雨で思い出しましたが、長いこと仕事作品の更新を滞らせている中、
先日リリースされたTCGカードイラストが「鉱石で出来たアメフラシ」でした。
この調子で、あと何種類の動物要素を持った怪物を描くことになるでしょうか。

こうして見ると、2歳の時から始まった私の絵描き人生において、
学生時代にこれだけ動物の"部品"を扱ったことがあったろうかと考えます。
そして「意識していなかった」とするのが正直なところです。

私は可能な限り動物の要素を正確に再現するよう努めておりますが、
知識がなかった場合を除き、怪物化にあたって色々と添加が必要になります。
その際、結果として部品の再現性を損ねることが問題です(5日の日記)。

かと云って執着しすぎると今度は面白みを損ねるので、
あえて「意識していなかった」頃の自分の感性を知りたくもなります。
半端な知識で描いて満足していた自分が辿り着き得た、一つの終点です。

でも昔の絵って見たくないんだよなぁ。
プロフィール

七片 藍

Author:七片 藍
フリーイラストレーター

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