トングとピンセット

仕事帰りの友人が顔を出して行きました。
親会社の視察が入ると先週から聞いていたら、視察は順延したとか。

工業系の仕事で大変なことの一つは、親会社や労働基準監督署の指導です。
作業の状態や環境の改善を目的として、時に厳しい指摘が入ることもあり、
多くは現場作業員の手間が増えたり、かえって不便になったりします。
私も会社員だった頃は何度か経験しました。

不便になっても業績は下げられない、納期は守らねばならない。
マイナスの結果を出すわけには行かないので創意工夫を問われますが、
人間は機械になれないし、機械に人間なみの融通が利くこともありません。

どちらかの真ん中をとって上手くやりたくても難しい。
どこかで頭打ちになると分かっていても何か考えねばならず、
そうした中で自身の安全が後回しになったりもします。

「じゃあ現場が大騒ぎしただけか」
「そうそう、本当やれやれだよ」

まるで犬に追い立てられる羊のようですが、
辛い現状を訴えることができる数少ない機会でもあります。
どのように活かすかは、まさに現場次第と云えなくもありません。

そう云えば先日、先方と電話で話した時の私にもありました。
私の仕事には現場の視察がないし、逆に現場からの直訴も遠いです。
そんな中───

「現状で困ることとか、仕事がしにくいとかありませんか?」
「とくには……。 『不満なく仕事ができています』とお伝えください」

───という返答に、先方も胸を撫で下ろした様子です。

一人で仕事をしていると、原因の殆どが自分を中心に集中している感じがします。
それ自体は褒められたことではありませんが、改善の余地が分かりやすいので、
友人が置かれている立場に比べれば、まだ見通しが利くというものです。

22日〆と24日〆を間違えないとかね(←最低)。

床 vs 台

仕事の一つが大詰めだったので、ここ一週間は気が休まりませんでした。
睡眠パターンこそ一定だったものの眠りが浅くなっていたようです。
実家へ寄った時、何気なくコタツで呆けていたら強烈に眠くなりました。

「ちょっと眠らせてもらおうかな」
「どうせなら布団に寝なさい、ベッドじゃなくて床で」

ここしばらく、母は「床に布団を敷いて寝たほうが熟睡できる」と云います。
もともとその習慣ではありましたが、父が弱ってからはベッドに眠ることが増え、
その父が他界してからは母もベッドに寝ていたものの、よく眠れないとか。
私も独り暮らしをするようになって十数年、ずっとベッドで寝ています。

さて実際に床で寝てみると、非常によく眠れます。
妹からは、物凄いイビキでぐっすり眠っていたと聞かされました。
疲れが溜まっていたのもあるでしょうが、これほどとは。

十数年という間隔を経ての体感としては───

▼ベッド
・やや眠りが浅い
・一応の疲れは取れる
・二度寝が少ない
・意外にパッと目が覚める

▼床
・ぐっすり眠れる
・かなり疲れがとれる
・二度寝がすごい(眠りすぎる)
・目覚めた時にボーっとする

───こんな感じです。
二度寝と目覚めに関しては綺麗に分かれる気がします。
ベッドは揺れがある分だけ落ち着かないのでしょうか。
また、床はベッドから落ちる心配がないので安心します。

床かぁ……この部屋では難しいな。

ちょっと太っただけなのに

用事は無事に済みました。
明朝まで仕事を頑張らなくては。

食欲の秋でもないのに最近の妹はよく食べます。
もともと痩せすぎで少しは肉をつけた方がいいとは思うのですが、
いつも食べない人間の食事量が増すと、それはそれで心配です。
おもに肥える方向で。

「お前、気をつけないと太るぞ」
「もういいの~、気にしないの~」
「まぁ人のこと云えないけどな、自分も首が気になるし」
「ハムが服着てるみたい」

……こいつが太ったらチャーシューって呼んでやる。

おたすけまん

昨夜は湯沸かし器が復帰したので入浴することが出来ました。
歳のせいなのか肌が乾燥しやすいような。

夕方になってから用事で友人を頼ることになったので、
退社ごろの時間を見計らってメールを入れると───

「了解す!」

───この無駄なく素早い反応。
私は彼にどれだけ借りを作っているんだろう。
お年寄りの云う「死ぬのは怖くないが死ねない」が分かる気がします。

明日は大事な用があるのですが……仕事はどうしようかな。

テストじゃないけど

もう幾らも経たない内に必要となるので、
昨夜は仕事をしながら確定申告用の下書シートを自作していました。
こういう雑務に要した時間は収入にならないのが自営業の悲しいところ。

自分で確定申告をしたことがある人なら(たぶん)分かると思いますが、
主な提出用紙に「第一表」があり、作っていたのはそれです。
もう文字の配列から色から、そっくりに作りました。
さもないと間違えるから。

しかし、そうして作った表でも大半の項目に用がありません。

「配当……そんなもん無い」
「不動産……そんなもん無い」
「配偶者……悪かったな独身で」
「政党寄付金……むしろ寄付してほしい」

実に8割以上が無関係の空欄となります。
それらに用がないのは良いことなのか悪いことなのか。

ところで過去3年くらいは電気料金の支払額が減っていたのに、
今回(昨年度)は合計額が上がっていて、ちょっと凹んでいます。

仕事が増えたせいだと思いたいです。

湯沸かし器の気持ち

昨夜、実家で私がカップうどん用のお湯を沸かした時のこと。

「ひィやあああぁぁぁ~~~~~~!」
「何だそりゃ」
「やかんの気持ちになってみた」

沸騰したら「ピィー」と音が鳴る、やかんの気持ちだそうです。
それは気持ちでも何でもなく音を真似しただけじゃないのか。

ところで今日は珍しく雪が降ったのですが、
こうなると一つ困ることが起こるのを忘れていました。
湯沸かし器が凍結で使えなくなるのです。

これは湯沸かし器を暖めるヒーターが必要で、
そのヒーターを暖めるヒーターが……ブツブツ。

事実の中の小説

仕事の関係で担当さんと電話で話しました。
何度目かのリテイクになったことで口頭説明になったようです。

いくつかある仕事の全体を通して、年に一例あるかないかの電話連絡ですから、
この日記で「担当さんと話した」という話題は、それぞれ別の案件で別人です。

これまで何度も書いた通り、私の仕事は殆ど人と会うことがなく、
最初の打診から仕事を完了し報酬が支払われても、基本的に一人です。
そのため、たまに「そういう設定の小説」を読んでいる気分になります。

例えば───

私は七片藍(ななひら あい)。
年齢は(ピー)歳でフリーイラストレーターを生業としている。

仕事で誰かと直接関わることはなく、自室が私の仕事のすべて。
報酬の確認をもって一つの仕事が完了し、またそれを繰り返す。
この部屋から一歩も出ずに物事が進む……それが私の人生。

───なんて書き出しが出来そうです(長いしセンスない)。

読者は「そんな仕事があるもんか」と思うでしょうが、ここに本物が居ます。
それでも久し振りに電話があると、そんな"設定"に血が通い、
架空の人物が現実に現れるかのような気分です。

架空の生物を描いてるからって、私までそうなる必要はないのになぁ。
それにしても口頭での評価は、すごくやる気が出るものなんですね。

おしゃべり用のぬいぐるみでも買ってしまおうか……ブツブツ。

「2級免許よ」

昨夜はテレビで「エイリアン2」を放送していましたが、カットが酷かったです。
とくに序盤で登場するはずのビショップが中盤まで登場しない上に、
人物名とともに人造人間であることまで字幕で表示するなんて。
まさか登場しないのでは……と、ヒヤヒヤしました。

ところで最初のあたりは飛び飛びで観たのですが、
パワーローダーでの作業は出たのでしょうか。
なんだかラストでいきなり登場したような。

本作は私の大好きな映画ですが、一番好きなシーンはエイリアンとの戦闘ではなく、
リプリーがニュートを助けに降下するエレベーターでのシーンでした。
女性としてのリプリー、母親としてのリプリーが戦士に変わるところです。

地獄を駆け下りるように表示される階数を横目に、
装備を整え上着を脱ぎ捨て、髪をかき上げ銃を構えて深呼吸。
最後に肩をくいっと上げてストラップを掛け直し、火炎放射器点火。

背筋に「子供を守る」が入ったキャラクターの存在感は凄いなぁ。

1/∞

母の用事に付き添っていた途中、あるお婆さんに会い、
久し振りの再会に喜んでいるのを私がきょとんと見ていたら───

「この人が、私とお父さんを引き合わせてくれたのよ」

───ということでした。
当時、母の相談に乗って父の仕事場を紹介した方です。
もはや中年となった私を見て驚いていました。
なるほど優しそうな女性です。

「足を向けて寝られません」
「あら、いえいえ」
「お父さんにそっくりですねぇ」

意外なお言葉でした。
大体は母に似ていると云われるのですが、
自分の出生に関わる人からの言葉とあっては、事実なのでしょう。

このお婆さんが「そうだ、あの人が居る」と思わなかったら。
体調が悪かったり、たまたま他の用事で外出していたら。

無限にある「あの時そうでなかったら」を除いて運命が接続され、
今の自分がこうしていると考えれば、つくづく人生そのものは奇跡です。

頭のお通じ

私が子供の頃に比べると今の教育課程は複雑化していて、
教科の増加といった大掛かりなものから些細なものまで色々なようですが、
息抜きにゲームをやっていた時、そのBGMを聴いて思い出したことがあります。

───というのは、給食の時間に流れる校内放送です。
今の義務教育課程でも放送されるのかは分かりませんが、
ともかく私の時代は給食中に音楽が流れていました。

中学生時代がどうだったかまでは別として(掃除の時間はクラシック)、
小学生の頃は「みんなのうた」や童謡などが大半であったように思います。
(私の小学校では喜多郎の「シルクロード」なんて渋いものまで)

そうした歌や音楽は、学校を離れると聞くことがなくなるものも多く、
頭の隅っこで特徴的な曲調として染み付いて残ったりします。

ゲームの中に似た調子の曲が流れていたのでしょうか、
少しだけ思い出したものの歌詞までは記憶をたどれず、
ずっと同じフレーズが繰り返されてムズムズする。

すると何度目かの繰り返しで、するりと一部の歌詞が思い出せました。
やはり記憶庫には保管されていて、鍵が錆び付いていただけのようです。

ここで一部しか思い出せないのは、当時の私が歌詞の全容を知らないためでした。
級友の会話や食器が鳴らす音に、正確な歌詞を聞き取れなかったのでしょう。
スピーカーから流れる音に関心がない生徒は大勢いたということです。

歌詞で検索してみると、曲名は「誕生日のチャチャチャ」だと分かりました。
とくに好きな歌だったわけではありませんが、数十年ぶりで懐かしいです。

誕生日が来ても嬉しくない年齢になりましたが。
プロフィール

七片 藍

Author:七片 藍
フリーイラストレーター

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